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都心から気軽に行ける埼玉の名所5選

2018.03.23

都心の観光スポットはもう飽きた。少し目線を変えてみたいという方もいらっしゃると思います。そこで取り上げるのが都心から気軽に行ける埼玉です。普段あまり注目されませんが、都心から1時間程で行ける名所が多くあります。その中で埼玉の観光スポットを5つご紹介します。

  1. 人気急上昇!埼玉を代表する観光スポット小江戸川越(埼玉県川越市)
  2. 埼玉一から関東有数の桜鑑賞スポットへ 幸手権現堂桜堤(埼玉県幸手市)
  3. これだけの藤を見ることができるスポットがあるのは埼玉と栃木だけ!藤花園 ~牛島の藤~(埼玉県春日部市)
  4. 埼玉に眠る古の観光スポット さきたま古墳公園(埼玉県行田市)
  5. 映画「のぼうの城」のモデルとなった観光名所 忍城(埼玉県行田市)
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都心から電車で1時間以内行ける観光の代表格として、”小江戸”の愛称で親しま、埼玉で最も注目を浴びている観光スポットが川越です。趣きのある蔵造りの街並み、絶品のスイーツ店の数々、気軽に着物がレンタルできるなど、特に女性客が目立つのが、この街がどれだけ観光に力を入れているのかが伺えます。

アクセス

新宿から西武新宿線で約1時間「本川越駅」下車もしくはJR埼京線で約50分「川越駅」で下車。埼京線の場合だと中心街まで徒歩20分ほど掛かってしまうので、西武線の方が良いかと思います。駅からは街を散策するイーグルバスが出ているので、そちらでゆっくり周るのも良いでしょう。

江戸情緒たっぷりの街並みを観光

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観光の中心である重要伝統的建造物群保存地区内の「時の鐘」や「蔵造りの街並み」がここが小江戸と呼ばれる所以です。時の鐘は小江戸川越のシンボルで江戸時代初期から続く歴史ある時計台です。その趣のある鐘の音は後世まで残すべきものだと思います。
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また中心通りは伝統家屋を改装したオシャレなスイーツ店、カフェが建ち並び、多くの観光客で賑わっております。また、着物を気軽に安価でレンタルしている店もあり、街には着物姿の女性を多く見かけます。

駄菓子スポットの菓子屋横丁を観光

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菓子屋横丁は約20件もの菓子屋が軒を連ねるスポットで、時の鐘から北西に位置します。この日はあいにくの雨で路上に菓子が並んでいなかったのが残念ですが、晴れの日には道にいっぱいに菓子が並んでおります。中にはあめだま、カルメ焼き、せんべいなど懐かしい駄菓子もあり、思わず幼少に頃に戻った気分になります。また、ここには日本一長い麩菓子が売っており、観光客を驚かせております。
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近年、埼玉のみならず関東圏の桜鑑賞スポットとして急激に注目を浴びているのが幸手権現堂桜堤です。開花シーズンの3月下旬~4月上旬にもなると屋台もたくさん出ており、辺りは花見の観光客で溢れかえっております。近年中に全国的な桜の名所として知られていくこと間違いなしです。ぜひ今のうちに足を運んでおくと良いでしょう。

アクセス

東京駅から約70分。東武鉄道日光線「幸手駅」で下車。駅から徒歩30分もしくは朝日バス五霞町役場行きで15分、権現堂下車徒歩1分。

埼玉から全国の観光スポットへ!圧巻のコントラスト

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幸手権現堂桜堤が注目を浴びている理由として、約1.000本もの桜並木と広大な菜の花畑とのコントラストにあります。桜の開花時期に合わせて菜の花を植えているので、特に晴れた日は、空の青と桜のピンク、菜の花の黄色のコントラストが最高にきれいで、まるで夢の中にでもいるかのような気分にさせてくれます。どこから見ても絵になる景色です。
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約1キロメートル続く桜のトンネルは夜になるとライトアップされ幻想的な雰囲気になります。

ゆっくり花見も楽しめる埼玉を代表するスポット

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他にも人気を集めているのは、写真にあるように気軽にレジャーシートを広げ、のんびりと花見ができることです。ただ桜を見るだけで終わってしまう場所も多くありますが、ここは一日中友人や家族と食事を取りながら談笑できます。屋台も100店舗以上は出店しており、様々なローカルフードを楽しむことができます。また、夜間ライトアップも行っているので、夜桜を楽しむこともできます。
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クレヨンしんちゃんで有名な春日部市に「藤の牛島」という小さな駅があります。毎年4月下旬から5月上旬にかけて樹齢1200年以上にもなる藤が満開となります。その規模は日本最大級で、新日本名木百選にも選ばれている国指定特別記念物です。ちょうど満開時期がゴールデンウィーク時期と重なるため、小観光で足を運びやすいのではないかと思います。これ程の藤を都心近郊の埼玉で見ることができるのは大変幸運なことです。

アクセス

東京駅から約80分。東武野田線「藤の牛島駅」で下車。駅から徒歩10分。

一本の古木からなる広大な藤の絨毯は全国有数の藤鑑賞スポット

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樹齢1200年とされる国内最大級の藤の樹の全容を見渡すには、まずは園に入ってすぐ小山のようになっている見晴し台があるので、そちらに行ってみてください。たった一本の藤の古木を中心に花房があたり一辺咲き誇っており、まるで藤で作られた絨毯のようです。それを支えるための藤棚の面積は、なんと700平方メートルにも及びます。その規模はとても一枚の写真に収めるのが難しいくらいです。

観光名物は巨大な特別天然記念物の根元

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700平方メートルになる広大な藤の絨毯を生み出しているのが、根元の周囲は10メートル以上にも及ぶ古木です。主幹の根も周囲は4メートルもあるというから驚きです。その領域を護るしめ縄に下げられた紙垂(しで)が、霊力を感じさせ、パワースポット的な要素を含んでおります。
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昭和30年に特別天然記念物となった今も、毎年満開時には2メートルにもなる花房を咲かせます。100年以上前はその長さは3メートル以上だったとも言われております。
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埼玉県名発祥の地である行田市には9基の大型古墳があります。そのどれも大変貴重なもので、東日本最大の古墳群と言われております。特に国宝「金錯銘鉄剣」が出土した稲荷山古墳や日本最大の円形古墳である丸墓山古墳が有名です。古墳群周辺は、レストハウスや資料館が整備され、古代のロマンに想いをよせながらの歴史散策を楽しむことができます。

アクセス

東京駅から約1時間。JR高崎線「行田駅」または秩父鉄道「行田市駅」から市内循環バス「さきたま古墳公園前」下車徒歩2分。

埼玉に眠る日本一の円形古墳 丸墓山古墳

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丸墓山古墳は直径が約105メートル、高さが約18.9メートルある日本最大の円形古墳です。造られたのは6世紀の後半と言われています。9基ある古墳の中で、この丸墓山古墳だけが円形古墳です。他の古墳は前方後円墳のため、なぜこの古墳だけが円形古墳なのかは未だに謎とされております。

頂上からの眺めも最高です。

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頂上まで行ける階段があり、頂上からは行田市内を見渡すことができます。天気が良ければ、遠目には行田市のもう一つの観光スポットである忍城をみることができます。また、春になると桜の名所として埼玉県内でも有名なスポットになります。

埼玉から古代のロマンを発信 稲荷山古墳

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稲荷山古墳は、日本の古代史の中でも稀にみる大発見と言われた「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」が出土したことでも有名な古墳です。後に歴史の教科書にも掲載される埼玉を代表する前方後円墳です。
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「金錯銘鉄剣」には表に57字裏に58字の計115字の金象嵌の銘文が刻まれており、古代日本のなぞを解くための超一級資料です。古代への熱いロマンを感じることができる古墳です。
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忍城は映画「のぼうの城」の舞台なった行田市のシンボルとも言えるお城です。15世紀に当時の豪族成田親泰によって建造され、関東七名城の1つにも数えられております。明治維新の際に一度取り壊されてしまいましたが、その後再建され今の景観となっております。博物館が隣接されており、当時の貴重な資料が残されております。また休日には「忍城おもてなし甲冑隊」という地元PR団体が観光客との記念撮影、勇壮な演舞パフォーマンスの披露などを行っています。

アクセス

東京駅から約1時間。秩父線「行田市駅」から徒歩で15分もしくはJR高崎線「吹上駅」からバスで15分。

歴史好きにはたまらない観光スポットで、歴史上有数の難攻不落の城

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城の歴史は長く、上杉、北条氏と言った有名大名との戦いにも落城せず、戦国の世を生き抜いた名城です。特に石田三成との戦いでは壮絶な水攻めに遭いながらも落城せず、城が沈まないのは「城が宙に浮いているからではないか?」と思われ、忍城は別名「浮き城」としてその名を轟かせました。
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その後、徳川家康が江戸幕府を開いた際にも徳川の譜代や親藩の大名が城主として入る程、その威厳はかなりものでした。